幸福と平和を創る智慧No2

2017年8月17日(木)

御書とともに

池田会長指導選集

幸福と平和を創る智慧

第2部人間革命の実践

11-6信心とは律じ抜くこと

病病気の苦しみや死の恐怖を乗り越えて、荘厳な生のドラマを綴り残した一人の少女の話を紹介しながら、たとえ病気を抱えたままであっても、強盛な信心を貫いていけば、必ずや勝利の人生を飾っていけると語っています。

池田会長の指針

青春対話2から2000年9月刊

生と死の法則は、全宇宙に通じる普遍的なものです。しかし、その表れ方は、どこまでも個別的であり、人によって千差万別です。あまりにも複雑に、いろいろなものがからみ合っている。

たとえば、定業じょうごうと言って、その人の過去世の行いによって、寿命とか根本的な軌道が決まっている面がある。

また不定業ふじょうごうと言って、報いを受けるかどうか決まっていないものもある。病気に譬えれば、定業は重病であり、不定業は風邪みたいな軽病です。

だれが悪いのでもない。自分は、どうして、こんな家に生まれたんだろう自分は、どうして、もっと美人に生まれなかったんだろうとか悩む人もいるだろうが、全部、自分の過去の行いが招いた結果です。

業ごうとは行いのことです。心に思ったこと、口で言ったこと、実際にやったこと、そういう行いが、すべて自分の生命に刻まれる。善の行いをすれば、幸福な善い結果が、悪の行いをすれば、不幸な悪い結果が、いつか出てくる。

生命に刻まれた善悪のエネルギーは、死によっても消えない。次の生へも続いて、持ち越していく。エネルギー不滅の法則に似ているかもしれない。

そういう宿業も、しかし日蓮大聖人の仏法では全部、転換できるのです。

定業も転換できる。いな、転換しなければならない。

どんな苦しいことがあろうと、最後の最後まで生きぬき、戦いぬき、勝たねばならない。最後に勝てば、その人が人生の勝者です。途中で決まるのではない。最後に勝てば、それまでのすべてが意味があったと言える。

最後に負ければ、それまで、どんなに順調でも、すべて無意味になってしまう。

たとえ病気が治らなくとも本当に強盛な信心を貫いて死んだ場合は、その人は勝ったのです。

自分が病気で苦しみながら、最後まで広布のために祈り、友のために祈り、周囲の人を励ましながら亡くなった人も、いっぱいいます。

そういう生き方、死に方が、どれほど多くの人に勇気を与えたかわからない。すぐに健康な体で生まれてきます。

ある少女は、11歳のときに脳腫瘍になり、14歳で亡くなった。

しかし、病院の大人の人たちにも明るさを分けてあげるくらい快活に振る舞っていた。病気が、どんなに苦しかったか、わからない。しかし彼女は題目をあげぬいて、皆を励ましていった。

そして最後には、お見舞いにきた人に、こう言っていた。

私ね、病気なんて、どうなってもいいんだ。自分のこと祈るのなんか、もうやめたの。私より不幸な人がいるんだもの。その人が、この信心をやって、一日も早く御本尊のすばらしさをわかるように、一生懸命、祈るんだ

そして家族にも、にこやかに、こう語ったそうだ。

もし、この病気、お父さんがなったらどうする?困るでしょ!お母さんがなっても困るし、弟がなったら乗り越えられない。だから、私がなってよかったんだよ

私は、きっと生まれる前に、こうなることを約束してきたんだと思うの。だから私を知っている人たちが、私の姿を通して何かを感じてくれたら、それで幸せ

私も、少女の闘病を聞いて、バラの花を贈った。

福光としたためて扇を贈ったり、あやめが群れ咲く風景を撮った写真も贈った。本当に喜んでくれたようです。

少女が、周囲の人に残した言葉は信心とは、信じて信じぬくものよの一言だった。

彼女は、その一言を、自分の生き方で示しきったのです。

葬儀には、長い長い弔問の列が続いた。14年半の生涯に、1000人を超えるであろう人に、妙法の偉大さを少女は語り続けたのです。

彼女は勝ったのです。私はそう思う。全部、意味があった。いな、自分の戦いで、自分の苦悩に意味を与えた。

前世で約束してきたという言葉があったが、願兼於業がんけんおごう願ねがい、業ごうを兼かぬと言って、あえて願って、苦しみの姿で生まれ、その苦しみと戦い、打ち勝つ姿を見せて、人に仏法の力を教える生き方がある。菩薩の生き方です。

信仰者が、初めからすべてに恵まれていたならば、人は仏法のすごさを知ることができない。

だから、あえて悩みの姿で生まれて、人間革命してみせるのです。劇です。ドラマみたいなものです。

11-7病魔を笑い飛ばして

病魔に負けずに晴れやかに勝ち越えた婦人部の友の姿を通して、何があろうと希望を失わず、冬を春に変えていく強盛な信心を貫くことの大切さを語っています。

池田会長の指針

母の詩から1997年8月刊

ある日、婦人部の会合の終了後であった。私のよく知る婦人が入院するという報告を受けた。学生時代からずっと見てきたし、ご両親もよく存じ上げている。

あごの下にしこりができ、気になったので診てもらったところ、まだ病名は定かではなかったが、どうも軽い病ではないらしい。日ごろ、まったく健康で、元気いっぱいに活動してきた彼女である。まさかと思った。本人自身、どれほど不安なことだろう。

そう思った私は、すぐに歌をよみ、伝言として託した。

堂と生き抜ぬけ勝ち行け

病魔をも笑い飛ばして

長寿の王女と

その翌日、あらためて色紙にしたためて、贈らせていただいた。

いよいよ入院するという前日、重ねて伝言した。

心配することはありません。毅然としていきなさい。妻も祈っています。安心して、何と言われようとも、病気に対して臆病ではいけない。負けるようではいけない。心配することはないよ。お元気でと。

そして、翌日入院日も、またその翌日も、私は、伝言を託した。連日、検査が続いているはずだったから、少しでも励ましたかった。

ともかく朗らかにいきなさい。三世の生命観に立てば生も仏、死も仏ではないか。生きていて苦しんだのでは損をする。何があっても朗らかにいくことが大事ですと。

私の代わりに、婦人部の方にお見舞いに行ってもらった。彼女はとても元気で、私の伝言を本当に喜んでくれ、しっかり病魔と戦う決意で祈っている、と報告してくれた。

半月後、検査結果が出るという前日、私はまた伝言を、電話で伝えてもらった。

元気にしていますか。私がしっかり祈っているから大丈夫だよ。必ず良くなる。病気をしたことで、祈りが深くなるし、体験となって力になると。

検査の部果は、悪性のリンパ腫。お腹の奥に、握りこぶし台の腫瘍も認められた。手術はできないので、化学療法で抗ガン剤を点滴で投与。月1回ずつ10回続ける。2、3カ月入院し、あとは通院で行うとのこと。

医師からは、髪の毛が抜けること、食べられなくなったり、気分が悪くなるなどの強烈な副作用があることが伝えられたという。

それまで、痛いとか、苦しいとか、自覚症状はまったくなかっただけに、彼女は初めて命にかかわるという実感をもった。お年をとられたご両親はじめ家族の衝撃は大きかった。どれほど心痛され悩まれたか、察するにあまりある。

彼女からは、決意の手紙が届いた。

先生の重ねての激励のおかげで、冷静に受け止めることができました。病魔を笑い飛ばしてとの言葉どおり、朗らかに戦いきって、必ず乗り越えてみせます

心が決まった人は強くなる。腹を決めた祈りは、生命力をますます強めていく。病棟は、皆同じような病の患者ばかり。いかにも辛そうな姿、苦しさのあまり死んだほうがましと言う人。側そばで見ていれば、その厳しさは十分わかる。不安も恐怖もあって当然であろう。しかし彼女は毅然として挑んだ。

第1回の抗ガン剤投与は、不思議と何の苦しみも痛みもなく、無事終わった。喜びにあふれた報告を聞いて、私はうれしかった。

まもなく髪が抜け始めた。しかし、2回目も無事終了。そして退院が許された。食欲も減退することなく、かえって太るほどだったという。しかも、腹部のしこりは、3分の1に縮小していた。

その報告が訪問先のロシアに届いた。私はさっそくおめでとう、無理をしないようにと伝言。妻も絵葉書にまずは第一段階の勝利です。これからは、焦らずに、完全勝利の日まで、ご養生なさってください。病魔を笑い飛ばしてくださいと書いて送った。なんとか、このまま全快してほしいと祈りながら。

その後、通院しながら毎月の抗ガン剤投与も順調に進み、終了した。腹部のしこりはほとんど消えていた。約一年間、免疫機能の低下するなか、決して油断はできなかったが、髪が抜けた以外、何の苦しい症状もなく、出勤もし、病気と言わなければわからないほど、明るく元気で過ごせた闘病生活であった。医師も、本当にびっくりされたようだ。

喜びと感謝にあふれた手紙が、彼女から届いた。逐一、経過は聞いていたが、本当に良かったと思う。私の病魔を笑い飛ばしてとの一言を、いつも自分に言い聞かせ、心の支えにしたとあった。

今、以前にもまして活躍する彼女のもとに、病気の人からの相談がとみに増えたという。彼女が大病を乗り越えたことを知ってのうえである。

彼女は、その一人一人に真心こめて、自分の体験を語り、激励している。体験にもとづく確信からの励ましほど、安心と希望を与えるものはない。

自分自身だけでなく、多くの同じ悩みをもつ人たちに希望を与え、救うことができる。それが、病気を克服した、もう一つの意味であろう。

いろいろなことが人生には起きる。常に変化、変化である。

結局、大事なことは、何があっても負けないこと。戦うこと。希望を失わないことである。

人生も、これ以上無理だとあきらめる自分、もうこれくらいでいいだろうと妥協しそうになる自分との戦いである。断じてあきらめない断じて負けないと、自己との闘争に勝ちゆくことだ。

苦労を避けてはならない。断じて悩みに勝たなければならない。自分の宝は自分でつくる以外ない。自分自身が自分自身で良かった勝ったと言える人生の価値を創ること、その人が栄光の人、人格の人である。