にっぽん、にほん、みゃんまー、びるま、独裁などなど

昨日夜勤明けの渇きを潤すためにひいきにしている24時間営業の居酒屋に立ち寄った。

いつもバカ話につきあってくれるミャンマー出身のMちゃんが来週は里帰りするとのこと。

「お茶のサラダにするお茶っ葉の塩漬けを買ってきてよ」

と頼んだら

「少しだけあるから食べて」と小皿に出してくれた。

下足問う「お茶っ葉のサラダにするの、何度も教えてもらったのに名前をわすれてしまう。ビルマ後でなんて言うんだっけ?」

Mちゃん答えて曰「らっぺt」

あーー、それそれ「らっぺt」w

※:ぐぐってみると『ラペットゥ』となってますが、私が聞き取ったかぎりでは『らっぺt』ですねえw

懐かしい味がおおよそ30年前の記憶の引き出しを次々の開けはじめた。

会社勤めになって間もない1990年頃頃、近所のコインランドリーに洗濯に行き乾燥機の順番待ちをしていたら、どこぞのアジアけ系外人さんカップルが洗濯機のコイン投入に迷い立ち尽くしていた。

流暢な英語(大嘘)で使い方を説明し、「どっから来たの?」とお国を尋ねると「ビルマから」とのこと。

その後何度かコインランドリーで会って話しているうちに、「私たちのアパートに来て、仲間と一緒に食事をしませんか?」とお誘いを受けた。

約束の日コインランドリーで待ち合わせしてアパートに行ってみると、当時安アパートの住人だった私が呆れるくらい壮絶な木造のぼろアパートの一室に10人ほどのビルマ人が車座になって畳の上にいろいろな料理を広げていた。

その場のリーダーとおぼしきおばちゃんが「ビルマでは床に座って食事をしないが、今日は仕方なくこーゆー形で食事をする。これがビルマの習慣と誤解しないでほしい」と笑いながら説明してくれ宴ははじまった。

基本的にホットな味付けの名も知らぬビルマ料理を食べていると、謎のピリ辛サラダをすすめられた。

ビルマではお茶の葉っぱも食べるんですよ」とリーダー女史。

ああ、確かに茶葉の渋味がある。塩味の茶葉と香辛料の風味が絶妙ですこぶる美味しかった。

宴もたけなわ、下足問うて曰

ビルマ軍事独裁政権が国名をミャンマーに変えたね。あなたたちはどう思う?」

彼ら彼女ら一同答えて曰く

「私たちの国はビルマであってミャンマーではない」

当時の私の英会話の能力限界ギリギリで話をしていると、彼らは「君の言いたいことをは○○○だね?」という感じできれいな英語で訂正してくれた。

ことばにつまり「なんちゅーんだろ(英語でなんて表現すりゃいいの)」とたびたび呟いていたら彼らの間で流行り、

「なんちゅーんだろ、なんちゅーんだろ ケラケラケラケラ」

そんなこんなで、あんたらビルマでなにしてたの?って話になりました。

Bさんは歯医者。Mさんは弁護士。コインランドリーで会ったカップルのC旦那は建築家、C奥さんは教師。その他ソフトウェアエンジニア、銀行員、、、と。

すこぶるかっこいいイギリス風の調子で話すBさんとMさんは英国留学してたそうで。

歯医者や弁護士がなんで日本くんだりまで来て、よりによって飲食店(回転寿司)でバイトしてんの?って話をすると、

Bさんは弟さんが熱心な民主化運動活動家で勤めていたた病院にいられなくなったとのこと。

Mさんは民主化活動家の不当逮捕弁護を受理したところ、たちまち所属していた法律事務所を首になってしまったと。

軍事独裁政権を批判した本人でなく、その係累も独裁政権からの圧力で失職し、食うために日本の回転寿司でわさびをこねている、と。

主要メンバーの身の上話を聞いていて、私の大叔父?が戦前共産党員で父は叔父さんの存在そのものを知らないまま終戦を迎えたこと。幼い父の記憶ではときどき謎のおじさんがやってきて祖母に「いる?」と聞き、祖母が「いない」と謎の問答をしていたこと。(特高が所在確認に来ていたわけですね)

大叔父?は北支戦線に従軍中、大叔父?が特別高等警察に逮捕されかけた直後機関銃担当を命じられたことを話すと、すかさずMさんが、「帝国陸軍は大叔父?に死んでほしかったから機関銃担当にしたんだね」と、さくっとコメント。

戦争映画をみてりゃわかりますが、陸戦では機関銃座はまっさきにつぶすべき対象です。大叔父?はすこぶる強運で、狙撃された銃弾が奇跡的に内臓を傷つけずに左脇腹から背中に貫通して生還できました。

狙撃された直後衛生兵を呼んだら背中の銃創の看て「班長殿・・・」と絶句してたと、本人も死ぬとあきらめていた大叔父?言ってましたねえ。

閑話休題

そんなこんなで、ビルマの反政府的な人物本人のみならず、その身内・友人・関係者を干殺しにする「独裁政権」のセオリーについていろいろ解説してくれました。

アウンサン・スーチー女史については、宴にいたほとんどの人は支持すると言ってましたが、元弁護士のMさんだけは「彼女が望んでいるのは民主化ではなく権力」と。

ふりかえって日本の昨今、『反政府勢力w』のパヨクなみなさんが安倍晋三ヒトラーに例え、「独裁独裁」と言っていますね。(ま、15年も党首と党幹部の公選がないまま『C』委員長が君臨する日本共産党の活動家ですけどねw)

独裁政権統治下で独裁の首魁を名指しで批判している御仁が身柄を官憲に押さえられず、放言し放題、政権批判し放題できる状況って、それ独裁なのって話になるわけですよ。

「独裁」という用語が示す政治状況とかけはなれた日本において、政権批判のキャッチーなフレーズとして『独裁』を用いるパヨクとマスゴミ

筋金入りの独裁下で政権と戦っていて官憲による謀殺と思しき死者がごろごろいるロシアやアフリカ諸国の反政府活動家やジャーナリストと比べたら、日本のパヨクは知的に怠惰で甘えているとしか言えませんねえ。

90年代に知り合った軍事独裁政権下から逃げてきたビルマ人たちはみな母国の呼び方を「ミャンマーではない。ビルマが正しい」と言っていたことを3年前に居酒屋バイトのMちゃんにしてみたら、

「Japanだって『にっぽん』言ったり、『にほん』言ったりするでしょ。みゃんまーも同じ。あなたの知り合いは軍事政権が使い始めたミャンマーが嫌いだから、ビルマビルマ言ってたの。でもミャンマービルマも私たち同じ。自分たちの国の名前よ」

そっか!

革新官僚が幅をきかせはじめ、いわゆる軍部がブイブイ言い出し始めたころ、里見惇やら永井荷風が「威勢のいい連中が『にっぽんにっぽん』言っている。やだねえ。『にほん』がいいのに」ってなことを書いていたと記憶。

ま、国名に対する思いはいろいろあるなってことですね。