〜妄想小説〜コジンマル13

自分の名を呼ぶ彼女の声が耳を擽りその懐かしい響きに心にはあの頃の想いが蘇る。

なのにどうしてだろう。

何かが違う気がする。

何かが足りない気がする。

それが何なのかはわからない。

今の俺にはその答えが見つけらない。

なんだか変わったね

え?

その言葉に視線をそちらへと向ければ隣に座る彼女が覗き込むようにこちらを見つめていた。

俺を映し出すその瞳は引き込まれそうなほどの漆黒で思わずその瞳に見入ってしまう。

そんな俺から視線を逸らした彼女はテーブルに置いたグラスをなぞる様に指を這わせていく。

冷えたシャンパンでその身を濡らしたグラスはまるでその白く長い指の動きに合わせるかのようにその雫を涙のように流してテーブルを濡らした。

それを見つめる俺に彼女がまた口を開いた。

前はもっと好きだ好きだて沢山言葉にして伝えてきたのに今は全く言わなくなったね

そう言ってどこか寂しげに微笑んだ彼女に何故かセナの姿が重なった。

似ているわけでもないのに彼女の姿に重なったセナは微笑むでもなく泣いていた。

それはあの日の別れた時と同じ表情でこちらを真っ直ぐに見つめている。

俺の言葉に涙を流してこちらをただ真っ直ぐに見つめている。

それにどうしてなのか自分でもわからないがその泣き顔に胸の奥が凄く苦しくなった。

あの時は凄く苦しくてその苦しさから逃げたくて自分から背を向けた。

あの時は何も考えたくないと思った。

それなのに今はその投げ出した事をいつも考えてしまう。

あいつの涙をどうして別れようと言い出したのかをふとした時にいつも考えてしまう。

その考えから目を背けるように視線を手元のグラスにやるとその苦しさを一緒に飲み干すように中のシャンパンを飲み干した。

口に含むと冷たくてとても心地いいのに喉を通るそれは胸の苦しさを余計に締め付けて息苦しいものへと変えていく。

そんな俺の腕に触れる手の感触にちらりとそちらへ視線を向ければこちらを見つめる彼女と視線が絡み合った。

どこか切なげでどこか求めるようなその瞳に鼓動がどくんと脈打つのが分かる。

そんな俺に擦り寄るように距離を縮めた彼女はプックリとした形の良い唇をゆっくりと開いた。

ジヨン好きよ

そう呟いた彼女の甘い声に頭の芯がクラクラしてくる。

その言葉をいつも欲しいと願っていた。

彼女の声で彼女の愛の囁きをどれほど欲しいと願っただろう。

もう彼女との壊れた関係は元には戻らないと思っていたのに求めていたそれはすぐ目の前にある。

それを確かめるように彼女の髪に手を伸ばすとそっとなぞる様に滑らせた。

そしてそれを彼女の頬に滑らせると包み込むように添えて親指でつねるようにそっと撫でた。

それを受け入れる彼女はゆっくりと瞳を閉じてそれが合図かのように彼女へと顔を近づけた。

そして彼女の唇に触れる瞬間、いつも囁いていたように彼女への想いを口にした。

はずだった。

昔のように好きだという言葉を口に出来るはずだった。

それなのに開いた口からはそのたった三文字の言葉が出てこない。

その代わり脳裏に浮かぶのはやはりアイツの顔だった。

ジヨン?

動きを止めた俺を瞳を開いた彼女は漆黒の中に閉じ込めながら俺を呼ぶ。

それに唇を噛んで彼女の頬に添えた手をゆっくりと離した。

ホントは心のどこかで気づいていたのかもしれない。

ホントは心のどこかで違うとわかっていたのかもしれない。

小さく首を振り彼女の頬から離したその手を見つめてぎゅっと握り締めた。

違う

え?

呟くその言葉に眉をひそめた彼女にもう1度首を振った。

違うんだ

違う。

頬に添えたこの手がいつもするそれは誰にでもじゃない。

この仕草はアイツだからそうするんだ。

いつもどこか不安げで泣きそうでそんなアイツの見えない涙を拭うようにいつも頬に添えた親指をつねるようにそこに滑らせた。

ごめんな俺が弱いせいでごめん。

そんな想いを込めてその頬に指を滑らせていたんだ。

あいつからの別れの言葉にどうでもよくなったんじゃない。

また失うのが怖かったんだ。

縋っても背を向けられてしまうんじゃないかという恐怖にそれならと自分からその手を離したんだ。

飲み込んだはずの苦しさがまた胸の奥で湧き上がってくる。

それを落ち着かせるようにゆっくりと深呼吸すると目の前の彼女を見つめた。

彼女に名前を呼ばれても何かが違う気がした。

その声を聞いてもどこかおかしいと思っていた。

それは。

悪ぃ。お前にその言葉は言えない

言えるわけがない。

心にもない想いを偽って言葉にして伝えられるはずがない。

それこそ本当に嘘になる。

全てが嘘になってしまう。

お前がヨリを戻そうって言った時、またあの頃のように戻れるんだと思ってた。でもそれは違ったんだ

彼女からゆっくりと離れて立ち上がるとその姿を無言のまま追う彼女にもう1度視線を戻した。

俺の言葉にただ耳を傾ける彼女は苦しそうにこちらを見つめているけれどそれに何もすることなんてできない。

だって。

戻れるわけはないんだ。俺がお前に対しては感じる気持ちは懐かしさ以外何にもねぇから

懐かしい。

あの頃の俺は本気で彼女が好きで凄く好きでずっと一緒にいたいと思っていた。

それは結局叶わなくて時間とともにいつの間にか俺の中では懐かしい想い出として心の中に残っていた。

だから彼女への想いは過去形であって現在進行形ではないんだ。

そんなことに今更気づく自分の馬鹿さ加減に呆れた。

ごめん今の俺にはお前以外大切だと思える相手がいるんだ

呟いたその言葉を残して彼女に背を向けるとゆっくりと歩を進めてその場から離れていく。

そんな俺を引き止める理由でもない彼女はもしかするとどこかで気づいていたのかもしれない。

俺よりも早く真実から目を背けて逃げていた俺の心に気づいていたのかもしれない。

賑やかな店内から外へと出るとまだ少し肌寒くて冷たい空気が体を包み込んだ。

視線を空へと向ければ空気の凛とした中に映えるように綺麗な月が浮かび上がっていてとても幻想的に見える。

この同じ空の下セナも同じ月を眺めているのだろうか。

そんな事を思い、また胸の奥がキュッと苦しくなった。

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